長いトンネル

2026年06月13日

“希望を失ったその先に”



最近、ずっと諦めずに頑張ってきたことがあった。


どんなに苦しくても、


「まだできることがあるかもしれない」

「きっと道は開けるはずだ」


そう信じて進んできた。



だけどある瞬間、

どんなに努力しても、自分の力ではどうにもならないことがあるのだと悟った。


その瞬間から、ここ数日ずっと無気力な状態が続いていた。




人は希望があるから頑張れる。



未来に可能性を感じるから行動できるし、


どんなに辛い状況でも乗り越えようと必死になれる。



でも、


本当に「もう無理なんだ」と分かってしまった時、

人は生きる気力そのものを失ってしまうことがある。



最近の私は、まさにそんな感覚を味わっていた。



そんな中で改めて感じたのは、


人生には自分の努力だけでは動かせないものがあるということだった。



私たちは、


「頑張れば叶う」

「諦めなければ道は開ける」


と教えられて生きてきた。




もちろん、それは間違いではないと思う。




だけど、この世界には自分一人では完結できない課題も存在する。



どれだけ努力しても相手がいること。

どれだけ願ってもタイミングがあること。

どれだけ分かっていても心が追いつかないこと。




人の生死もそうだ。



どれだけ生きてほしいと願っても、

その人の人生を代わりに生きることはできない。


どれだけ後悔しても、過去をやり直すことはできない。


私たちは全てを自分の力で変えられると思いがちだけれど、本当はどうにもできないこともたくさんある。



そんなことが確かにある。




最近、私が恋愛で悩んでいたわけではないが、

例えばよくツインレイという言葉がある。



恋愛として語られることが多いけれど、私にはそんな簡単な話には思えない。




だって相手は自分なのだから。




そこには想像以上の試練があったり、

大きな年齢差があったり、男と女であるとも限らない。


魂レベルでは分かっていても、


否定したくなったり、

あまりにも現実が辛すぎて逃げてしまったりする。



そしてお互いに成長し、

見つめ合うことができるようになった時に再会し、

統合していく。



そういうものなのかもしれない。




魂では分かっている。



だけど人間として生きている私たちは、


現実の苦しさの中で迷う。



否定したくなるし、

逃げたくなる。



目を背けてしまうこともある。



心では分かっていても、頭では分かろうとしない。


また同じカルマを生み出してしまうこともある。




それが人間の弱さなのだと思う。




だけど本当は、


心を静かに澄ませた時に、

自分が何を望んでいるのかは分かっているのかもしれない。


その声を信じることができれば、


たとえ困難な道だったとしても、必要以上に苦しまずに進めるのかもしれない。



苦しみの多くは、


現実そのものよりも、

自分の本心と現実との間で揺れ続けることから生まれるのかもしれない。




親子関係にもカルマがある。



私は自分の親との関係からも、

自分の子どもとの関係からも逃げてしまう。



ただ、本当に自分だけでどうこうできるものでもなかったりする。



よく


「本音をぶつけ合うことが大切」

「分かち合うことが大切」


と言われるけれど、私は昔からそれが苦手だった。



これがインナーチャイルドなのだろう。



自分の心を閉ざしてずっと生きてきたから、

今さら深い部分で人と分かち合うことができない。



怖くて怖くて、


言いたいことが言えない。



そして黙り込み、

沈黙する。



そんなパターンをずっと持ったまま生きてきた。




以前の私は、そんな自分を責めていた。


だけど今は、それも私なのだと思っている。



心を閉ざさなければ生きてこられなかった時期があった。

その時の自分を否定する必要はない。



私はそれを受け入れているし、今は悪いことだとも思っていない。


一つの性格として認め、受け入れている。



だから人の性格にも、良いところと悪いところがある。



もし本当に変えたいと思うなら、

そのインナーチャイルドと向き合い、癒しながら変えていけばいい。





今は、新しい地球になってきていると言われる。



たくさんの新生たちが、

覚醒した状態で生まれてきているとも言われている。



それはある意味、


私たちのような苦労や葛藤を知らずに生まれて

こられるなんて幸せだな、


羨ましいなと思うこともある。



だけど私は、

その子たちの見本になりたいわけではない。


導く存在になりたいわけでもない。



ただ、

その子たちと手を取り合って生きていける日を夢見ている。




そして最近思う。



希望を失うことは、

決して終わりではないのかもしれない。



長いトンネルを歩いている時、


出口が見えなくなることがある。



どれだけ歩いても景色は変わらず、

この先に本当に光があるのかさえ分からなくなる。



だけど、そこで立ち止まったとしても、


トンネルが永遠に続くわけではない。



人は希望があるから頑張れる。




だけど、希望がなくなったと思った時に初めて見えてくるものもある。



自分ではどうにもならないこと。

受け入れなければならないこと。


そして、本当に自分が望んでいること。




魂では分かっているのに、


人間として生きている私たちは何度も迷い、

逃げて、


遠回りをする。



それでも最後には、


自分の魂が望む場所へ戻っていくのだと思う。




今の私はまだ答えを見つけたわけではない。




無気力な日もあるし、


立ち止まる日もある。



だけど、希望を失ったその先で気付いたことがある。



希望とは、

思い通りになることではない。


願いが叶うことでもない。




たとえ先が見えなくなったとしても、


自分の魂の声だけは見失わないこと。



それが、

本当の希望なのかもしれない。




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