もう要らないもの

何を捨てるのか?
ずっと手放したくても、手放せずにいたものがある。
何度も何度も「やめよう」「変わろう」とトライして、その瞬間は決意するのに、数日経つとまた元に戻ってしまう。
何かしんどいことがあると、ストレスに引っ張られて同じことを繰り返してしまう。
「もういらない」と思っているはずなのに、気づけばまた握りしめている。
そんな自分に、少し嫌気がさしながらも、どこかで「まだ必要なのかもしれない」と言い訳をしていた。
先日、広島である人に言われた言葉が、ずっと胸に残っている。
「捨てないと、新しいものも入ってこないし、受け取ることもできないよ。」
その人は気功を使って施術をする整体師さん。
自分の波動を上げていく事で霊性が高まって、今では人の波動(周波数)を形として見る事が出来るそう。
自分の体をきれいに保つために、お酒をやめ、お肉もやめ、生活を整えていったという。今では1日も休まず仕事をこなせるようになったそうだ。
もちろん、邪気を受けて体調を崩すこともあるらしい。でも、すぐに抜くことができるようになった、と笑っていた。
その話を聞いて、私は思った。
私たちはただのアンテナ。
エネルギーを通す存在。
でも、そのアンテナが濁っていたらどうだろう。
ノイズだらけの状態で、クリアなものを受け取れるだろうか。
「自分の波動がきれいじゃないといけない。」
その言葉が、妙にストンと腑に落ちた。
その日は、話していると
なぜか分からないけれど、心に乗っていた重たいものが、すっと抜けていく感覚があった。
「ああ、私はまだ抱えすぎていたんだな」と、また気づかせてもらった。
前にも、別の先生に言われたことがある。
「一番大事にしているものほど、捨てなさい。」
そのときは正直、意味が分からなかった。
大事なものをどうして捨てなきゃいけないの?と。
でも今なら少し分かる気がする。
"本当に大事"だと思い込んでいるものほど、実はただの執着だったりする。
失うのが怖いから握りしめているだけで、なくなったら困ると思い込んでいるだけ。
人は、分かっていてもなかなか動けない。
だからこそ、人から強く言われるタイミングって大事なんだと思う。
これを機に、私が大事に大事に執着しているものを、一気には無理でも、一つずつ手放していこうと決めた。
まず家に帰って、靴と服を捨てた。
クローゼットにぎゅうぎゅうに詰め込まれた服。
もう何年も履いていない靴。
「いつか使うかもしれない」
「まだきれいだからもったいない」
そうやって置いていたものたち。
でも、こんなにいっぱいあったら、新しいものなんて欲しいと思わない。
むしろ、「もう要らない」とすら感じていた。
スペースがないから、新しいものが入らないんじゃない。
スペースを作らないから、入ってこないんだ。
物理的な空間も、心の空間(情報空間)も、全て同じ。
そういうことなんだよな、と静かに思った。
昨日は、夜道を走りながら、ふと空を見上げると、月がとてもきれいで、星もくっきりと輝いていた。
ただそれだけのことなのに、ものすごく幸せな気分になった。
何かを手に入れたわけじゃない。
何かを達成したわけでもない。
でも、確かに満ちていた。
四苦八苦して、努力して、迷って、捨てて、また迷って。
そんな時間こそが、人生の醍醐味なんじゃないかと思えた。
完成された未来よりも、完成に向かうこの道筋が楽しい。
もがいているこの時間が、実は一番尊い。
人はどうしても「ないもの」に目がいく。
足りないもの、持っていないもの、できていないこと。
でも、少し視点を変えて「ある」に目を向けたら、
すでにたくさん持っていることに気づく。
時間も、出会いも、経験も、体も、感情も。
幸せって、どこか遠くにあるゴールじゃなくて、
「今あるものをどう味わうか」なんだと思う。
別に、これがないと不幸、なんてものはない。
あれが手に入らないとダメだとか、
これがなきゃ私は価値がないとか。
そんな条件は、本当はどこにもない。
どれだけ必要のないものを捨てて、自分を軽くできるか。
どれだけ自分を解放してあげられるか。
それだけ。
余計なものを抱えていると、重くて動けない。
人の目、過去の後悔、未来への不安、プライド、執着。
それらを少しずつ下ろしていくと、体も心も軽くなる。
軽くなると、不思議と自由に動けるようになる。
「あれやってみようかな」
「ここに行ってみようかな」
そんな小さな好奇心に、素直に従えるようになる。
外っつらの見せかけのものじゃなくて。
誰かにどう見られるかじゃなくて。
本当に自分がやりたいこと。
心がふっと緩むこと。
ワクワクすること。
そこに向かえるようになるんじゃないかと思う。
手放すことは、失うことじゃない。
スペースを作ること。
もういらないモノを手放すたびに、
私は少しずつ軽くなっていく。
そしてその軽さの先に、
きっと本当の自由があるんだと思う。
だから今日もまた、ひとつ。
握りしめている何かを、そっと手放してみようと思う。