「物語を生きながら、静寂で在ること」

ー個我と真我の融合ー
個我とは何か
個我とは「個人としての私」。
名前、性格、記憶。
欲望や恐れ、執着。
他人と比較する心。
「私はこれが好き/嫌い」という認識。
私たちが普段「自分」と呼んでいるもののほとんどは、この個我でできている。
個我があるから、夢を見る。
個我があるから、努力する。
個我があるから、傷つく。
そして、個我があるからこそ物語が生まれる。
人生という物語の主人公は、個我だ。
真我とは何か
もうひとつの「私」がいる。
それが真我(本当の自己)。
変わらない意識。
思考や感情を見ている側。
条件づけられていない、ただの気づき。
怒っている自分に気づいている何か。
悲しんでいる自分を眺めている何か。
焦っている思考を、少し離れて見ている何か。
それが真我だ。
真我は語らない。
主張しない。
ただ、静かに在る。
エゴ(自我)は
どれだけ内観しても、
どれだけ癒されても、
欲望は形を変えて現れる。
人間には自動でプログラミングされている。
エゴは敵ではないし、
この世界を体験するための重い装置だ。
もしエゴがなければ、
挑戦も葛藤も、達成の喜びも存在しない。
エゴは未熟さではなく、体験の入り口なのだ。
限界の先にあるもの
努力すれば変わる。
信じれば叶う。
諦めなければ道は開ける。
その価値観の中で、人は走り続ける。
だが、走り続けることができなくなる瞬間もある。
これ以上は無理だ、と力が抜けるときがある。
そのとき、初めて「委ねる」という感覚が生まれることがある。
自分で世界を動かそうとするのをやめる。
証明しようとするのをやめる。
何者かになろうとするのをやめる。
ただ、流れの中に立つ。
それは敗北でもなく
無気力でもない。
力を抜いたところに現れる、別の在り方である。
「神様、どうぞ私をお使いください」
そう言える境地は、
努力を越えたところにあるのかもしれない。
融合とは何か
それでもエゴは消えない。
願いも迷いも、これからも現れる。
だが、その奥には動かない静けさがある。
波は立ち続ける。
だが、海は揺るがない。
個我を否定せず、
真我を追い求めすぎない。
どちらかを消すのではなく、
どちらもそのままを認めてあげる。
物語を生きながら、
静寂の中で在る。こと
それが、個我と真我の融合である。
悟りきることではない。
何も感じなくなることでもない。
変化の中にあって、変わらないものを知ること。
それが、
私なりの「個我と真我の融合」。