世界の見え方が変わる

〈時の流れが変わる〉
永遠なんてものはない。
そして、この先の未来がどうなるかなんて、誰にも分からない。
人生には、いくつもの学びの時期がある。
やりたいのに動けない時間もあれば、
やりたいことが分からなくなり、立ち止まってしまう時もある。
苦しさの中で、
いつまで経っても抜け出せないように感じることもあるだろう。
果てしないどん底にいるようで、
「いつになったら夜が明けるのだろう」と不安になることもある。
ただ、すべてにはタイミングがある。
宇宙の流れがあり、
その時に必要な学びを終えたとき、
不安を抱えたままでも、
「それでも、進みたい」
という衝動が、ふと湧き上がる瞬間が訪れる。
けれど、その時を、
いつまでも待ち続けていられるわけではない。
怖くても進まないといけない時期がある。
もし、あと5年で人生が終わるとしたら、
何をやっておけばよかったと後悔するだろう。
きっとそれは、
自分に正直になれず、我慢して、
怖さから見送ってしまったこと。
やらなかったこと、伝えなかった想いだ。
5年後がどうなっているかを考えるよりも、
「あと5年しか生きられないとしたら、今、何を選びたいか」
そう問いかけた時、
心の奥から突き動かされる何かが、
きっと誰の中にもある。
そしてその声は、
無視し続けようと思えば、
いくらでも先延ばしにすることができてしまう。
人が本当の輝きを取り戻す前には、
必ず、大きくしゃがむ時期がある。
止まっているように見える時間も、
何も進んでいないように感じる日々も、
実はすべて、ちゃんと積み重なっている。
目に見えないところで、
心は準備をし、
魂は静かに力を蓄えている。
そしてある日、
「あ、今だ」と分かる瞬間がやってくる。
「ああ、私はこうしたかったんだ」
そう腑に落ちる時は、必ず訪れる。
それは、
ただ幸せになりたいという願いではなく、
自分が自分でいられることへの深い安心感。
「幸せになりたい」と強く願うほど、
今が幸せではないという不足感に意識が向き、
その現実を引き寄せてしまうこともある。
もしかしたら、それもまた真実なのだろう。
結局ここは、
自由意志が尊重される世界。
何が良くて、何がいけない、
という絶対的な答えはない。
ただ、自分の心の声を聞き、
どう在りたいのかを学び、
すべてが陰と陽の関係だったことを思い出す。
それを、ここで体験したかっただけ。
そこに、ジャッジは必要ない。
陰の時があり、陽の時がある。
光と影は、必ず共に存在する。
それは、ノージャッジの空であり、
そのことに気づき、
中庸で生きられるようになった時、
それらさえも、静かに溶けていく。
幸せか、不幸か、という判断を超えて、
フラットで、心が満たされている状態。
思考で考え続け、
怖れから止めているものは、真実ではない。
時は、必ず来る。
それは、
誰かになるためではなく、
「私はこう在りたい」と、
魂そのものが突き動かされる時。
世界の見え方が、
静かに、でも確かに変わる瞬間。